夫婦でお金の話、してるのに消えない「自分だけが心配している」感

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老後のお金について、パートナーと少しずつ話せるようになってきました。

それ自体はよかったと思っています。

でも話したあと、なんとなく疲れる感じが残ることがありました。

ちゃんと話せているはずなのに、
自分ばかりが考え続けている気がする。

最初は、この感覚が何なのか自分でもよくわかりませんでした。

でも調べたり、自分たちのことを振り返ったりするうちに、少しずつ見えてきたことがあります。

見えている量が、そもそも違った

我が家の場合、家計管理のメインはパートナー側で、わたしは日々使うお金を中心に見ています。
全体の数字を一緒に確認する機会はほとんどなく、なんとなくそのまま続いてきた感じです。

これは、逆やそれ以外のパターンもある話だと思っています。

妻側が家計をすべて管理していて、夫はお小遣い制という家庭もあるし、
共働きでもどちらかが主に数字を見ているというケースも多いはず。

形はそれぞれ違っても、起きやすいのは同じことで、「全体を把握している人」と「そうでない人」に自然と分かれていく。

把握している側には把握しているがゆえの具体的な不安があって、
一方で、していない側にはしていない側なりの漠然とした不安がある。
でも、それがお互いにうまく共有されないまま進んでいく。

「不公平」という言葉がぴったりなのかはわからないけれど、
この非対称さが、じわじわしたもやもやにつながっていた気がしています。

負担額の問題でもなかった

この「見え方の非対称さ」だけでも十分もやもやするのですが、もうひとつ気になることがありました。

そもそも、負担の種類そのものが違う気がする。

収入が多い側が「自分ばかり負担している」と感じることもあれば、
収入が少ない側が「なんか不公平」と感じることもある。
金銭的な負担の大小だけでは説明できない感覚もあるみたいでした。

そこが気になって調べていたときに、「mental load(メンタルロード)」という考え方を知りました。

家事や育児の文脈でよく使われる言葉らしいのですが、
要するに「考える・心配する・段取りする」という、目に見えない負担のこと。

これはお金の話でもかなり起きているんじゃないかなと思いました。

「誰が心配するか」の偏りはなぜ起きるのか

こういう小さな違和感、ありませんか。

  • 自分ばかりが調べている気がする
  • 話し合いのきっかけはいつも自分
  • 「どうする?」と聞かれても、もう考えてあるのは自分
  • 決まったあとも、気にしているのは自分だけ

大きな不満ではないけれど、積み重なると少しずつ疲れてくる。

振り返ってみると、我が家もそんな感じでした。

これが起きやすいのは、お金の不安を感じる度合いが人によってかなり違うからではないかと思っています。

不安を感じやすい人は、放っておいても気になって調べてしまう。
提案して、また気になって、また調べる。
頼まれてもいないのに、気づけば一人で抱えている。

逆に、不安を感じにくい人は、言われればちゃんと考えるけれど、自分からは動かない。
悪気があるというより、「大丈夫でしょ」という感覚が、
その人なりの支えになっていることもあるのかもしれません。

そこに「見えている情報量の差」が加わると、さらにズレが生まれやすくなる気がしています。

全体を把握している側は具体的に考えられる。
具体的に見えているぶん、不安も現実的になりやすい。

一方で、把握していない側は何をどう心配すればいいかもわからない。
結果として、漠然とした不安だけが残る。

試してみたこと(我が家の場合)

「なんとなく遠慮する」をやめる

ひとつは、「聞けば教えてもらえる」とわかってから、ちゃんと聞くようにしたことでした。

我が家の場合、カード明細などは自分でも見られるんですが、
情報があちこちに分かれていて、全体像をつかもうとすると自分でかき集める必要がある。
それがなんとなく億劫で、そのままにしていました。

だから「聞く」という発想自体があまりなくて。
「見ようと思えば見られるんだから、わざわざ聞くのも悪いかな」みたいな遠慮もどこかにあったんだと思います。

でも、実際に聞いてみると、意外とちゃんと教えてもらえる。
全部を完璧に把握できなくても、大まかな状況が見えてくるだけで、漠然とした不安は少し和らいだ気がしています。

「今日は結論を出さない」を先に言う

あと、意外と話しやすかったのが、「結論を出さない話」をすることでした。

「どうするか決める」ではなく、
「最近こういうことが不安なんだよね」を交互に話すだけの時間。
ただ、これだけだとパートナーが「で、どうしたいの?」と結論を求めてくることがあって。
うちの場合は最初に、

「結論を出すつもりはない、ただ不安を共有したいだけ」

と伝えるようにしたら、話しやすくなりました。
対男性に限った話じゃないと思うけど、先に「雑談です」と宣言しておくのは意外と効く気がしています。

答えを出さなくていいので、思ったより話しやすい。
そして、お互いに何を心配しているかが少し見えてくる感じがありました。

やってみてわかったのは、パートナーも別に不安がないわけじゃないということ。
ただ、不安の種類や、表に出てくるタイミングが違っていただけでした。

具体的な話しかけ方については、前回の記事でも整理しているのでよかったら読んでみてください。

前回記事を読む▶︎夫婦で「老後のお金」を話せない理由は、タイミングじゃなかった

「不公平感」の正体

結局、自分が感じていた「なんか不公平」は、負担額の差でも、どちらかが悪いからでもありませんでした。

見えている情報量が違うこと。
心配する量が偏っていること。
そのちょっとした非対称さが、積み重なっていた気がしています。

これって、言葉にしにくいぶん、相手にも伝わりにくい。
だから、「なんか不公平」とぼんやり感じながら、でもうまく説明できなくて、
そのままにしてしまいやすいんですよね。

まずは「何がもやもやしているのか」を、自分の中で整理してみる。
それだけでも、「じゃあどうする?」が少し話しやすくなる気がしています。

まずはここからでよさそう

全部解消しようとしなくていいと思います。

まずは、こんな問いを自分に向けてみるだけでも十分かもしれません。

「老後のお金について、いま自分は何を不安に思っているんだろう?」

それをパートナーと共有するだけでもいい。
結論を出さなくても大丈夫。

「自分はこういうことが不安で、あなたはどう?」

そんな会話ができると、お互いが何を気にしているかが少し浮かび上がってくる気がしています。
そこからでいいんじゃないかなと思っています。


そして、この「見え方の違い」が少し共有できたとき、次にぶつかったのが別の壁でした。

話し合えた。お互いの不安もわかった。

なのに、なぜかお金が動かない。

貯蓄でも、保険でも、投資でも、「やろう」と言ったはずなのに、気づけばそのまま。
あのとき話したこと、どこいった?みたいな状態。

次回は、この「動けない問題」がなぜ起きるのかを、自分なりに整理してみたいと思います。

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